昨年は散々な年だった。その最大のものは、3・11の東日本大震災だ。マグニチュード9・0の大地震である。場所によっては30、40メートル級の大津波も発生した。決定的だったのは、福島第一原発のメルトダウンだ。チェルノブイリよりも危険な事故だったが、レベル7以上の基準は世界中に存在しないので、世界最大級の原発事故だったことになる。事故当初、東電は「想定外」という言葉を頻発していたが、それは真っ赤な嘘で、事前に危険性が指摘されたものの、東電も、監督官庁の経済産業省も事前対策を無視していた事実も判明した。メルトダウンもすべて後付けで発表された通り、東電の情報隠しも悪質極まりないものであった。国が3兆円を投入して東電を支援し、実質的に国営化しようとしても、東電は原発再稼働(新潟柏崎刈羽原発)をして、電力料金の値上げで自力更生すると開き直った。もともと、東電と経済産業省の癒着関係で運営されてきた原発事業だけに、経産省も東電に強く出られない弱みがあったのだろう。国策なんてものは、ほとんど関係官庁と業者の癒着から生まれたものである。八ッ場ダム建設決定も典型的事例である。言わば、共謀共同正犯関係なのだ。最初は原子力安全委員会や保安局が経産省の管轄にあったことを思えば、頭隠して尻隠さず、である。
もう一つの国策と言えば、沖縄の普天間基地の代替施設として辺野古に新基地をつくる計画である。日米安保体制を維持するために、74%の基地を押し付けられている沖縄にさらに新基地をつくれという国策である。先兵は防衛省と外務省である。原発誘致のために地元自治体には巨額の原発マネーが投入され、辺野古のある名護市にも巨額の交付金がばら撒かれた。札束で住民の歓心を買うのが、国策の最終兵器である。おかげで、東電の原発神話の犠牲になったのが福島県である。もし、辺野古に新基地が出来て、欠陥機のオスプレイが配備され、墜落事故でも起きたらどうなるのか。国策とは言っても最後に犠牲を押し付けられるのは地元住民なのだ。こんなやり口は新年を機にそろそろ願い下げにしてほしい。

▲東京電力は昨年末に家庭向け電気料金の値上げを申請する方針を発表したが、電気料金の基準となる「総原価」に東電関係者の接待用施設の維持管理費まで含まれることが判明しており、利用者の反発が強まることは必至だ。
















